映画 秒速5センチメートル感想

はい、こんにちは。
先日見た映画、
秒速5センチメートルの感想を書いていきたいと思います。(ネタバレ注意)
この映画は言わずと知れた新海誠監督の代表作アニメーションの一つ「秒速5センチメートル」の実写版となっております。
僕が最初にこのアニメを見たのは確か15年以上前、僕が小学生の頃、深夜のNHKで放送されていたのを見た時だと思います。
このアニメは視聴した人にトラウマを植え付ける「鬱アニメ」として有名ですが、
田舎生まれの小学生だった僕は何となくものすごく悲しい物語を見せられて、東京は物凄く遠くて悲しい場所で、大人になる事って希望がないのか、とか感じていたような気がします。
物語のあらすじを簡単に説明すると、
転勤族の親の影響で幼き頃から度々引越しや転校を繰り返していた主人公が、同じ境遇の女の子と運命的に出会い、互いに通じ合うのだが、その後また引っ越しにより離れ離れになるという話だ。
これまでも折に触れて何度か視聴していますが、
その度に感じ方は変わっています。
今回、実写版としてまたこの作品を鑑賞しました。感想としてはいい映画を、このタイミングで見れて個人的にすごく意味を持つ作品になりました。
というのも、
劇中での主人公の設定が鑑賞している僕自身とほぼ同じことが主人公へ自分を投影させ、物語へ没入させてくれたからです。
主人公は小学生時代から始まる過去の回想と、
「30歳」という現代へ至るまでの年齢を物語上で交錯させます。
この30歳という年齢は、"クォーターライフクライシス"とも呼ばれるように、もう子供でもなく、20代という「若さ」からも遠ざかる人生の段階的節目であり、心も身体も不安定になりやすい時期です。
僕自身今年30歳になるわけですが、実際、ここに至る数年は暗いトンネルを歩き続けるような不安で苦しい時期が続いた時がありました。
物語の中でも、
「お互い立派な大人になって30歳にまた再開する」
という約束が交わされます。
主人公は最後に別れた時から、心の中に"彼女"を思い続け、陰鬱とした感情を抱えたまま現代に至るまで同じような日々を繰り返していきます。
さて、
映画を見てて思ったことがいくつかあったので書いていきます。物語とは関係ない事も書いていきます。
- 映像について
- テクノロジーが解決してしまった問題
- 秒速5センチメートルというタイトル
- 映像について
さて、まず映像についてです。
映画が始まった冒頭でまず僕が映像に感じたのは「懐かしい感じ」という印象です。
この懐かしい感じというのは例えば"古さ"や"時代感"を感じさせる"映像の質"を感じさせる"カメラフィルター"が使われているところから来ています。
これは、
「あえてカメラの"解像度を落とす"事で、"古さ"を感じさせて、"懐かしさ"を引き起こす」
という、最近流行っている手法なのではないかと考えています。
例えば、
毎年新作が出ているiPhoneですが、
そのカメラは毎年新しくなるたびに性能が上がり、より解像度が高くなりより綺麗な画像のイメージを提供してくれます。
そして、解像度が上がれば上がるほど、映像は"鮮やか"で"綺麗"と感じるわけです。
しかし、ここで逆に初期の頃の古い型のiPhoneで撮った映像を見比べて比較した時、最新版のiPhoneと比べて画質は"荒く"、"汚く"感じるわけですが、その古さに時代を感じて、我々は"懐かしい"と感じるわけです。
テレビゲームなんかでも、ファミコンの画素数からスーパーファミコン、プレステからプレ2、プレ3とか比較したら、進化とともにより実写に近い表現が可能になっていますが、
古いものは古いもので"ノスタルジック"という価値があるわけです。
これは昨今、僕が感じている事ですが、
令和の現代で「平成レトロ」ブームで、
皆が古き良き時代を「昔は良かった」と回顧している人が多い風潮にあるように感じます。
その影響が最近の映像作品でも多く見られるように感じます。
映るんですやガラケー、などの古い画質は私達をその時代にタイムトリップさせる舞台装置として、絶大な効果を発揮します。
実際、僕もこの"レトロフィルター効果"でアニメの秒速5センチメートルを鑑賞していた小学時代から今に至るまでの走馬灯が脳内を駆け巡りました。笑
劇中で宮崎あおいさんが演じる役の台詞で、
「映画館の風景がよみがえる時がある」
みたいなこと言ってたきがするんですが、とても共感でした。
劇中歌で使われてたBUMP OF CHICKENの銀河鉄道も時代を感じさせるいい演出と思いました。
"2000年代の空気"を感じました。
ラブロマンスにおける愛の障壁として、
"遠距離の壁"があります。
物語の脚本としてカタルシスを起こすには、
ハッピーエンドへ向かう為に乗り越えるべき障壁が用意されているわけですが、
この作品では親の都合に振り回されて転校を繰り返すことになる"子供"であるということと、
会いたくても会うことができない"距離"であるということが主人公とヒロインにとっての最大の障壁です。
その2人をかろうじて繋ぎ止めるのが、
"手紙"や"電話"という手段ですが、
この2つはそれぞれメリットデメリットがあります。
手紙
自分の気持ちを時間をかけて整理して文章として相手に伝えることができる。
しかし、相手のところに届くのに時間がかかる。
電話
ほぼリアルタイムで自分の声で相手に思いを伝えることができる。
しかし、思ったことを伝えたいままに声に出して伝えるのは人によっては難しい。
というような事が言えると思います。
"思いを形にして相手に伝える"というのは時間もかかるし、精神的なエネルギーのコストも大きいものであったと思います。
これに遠距離という壁があれば、お互いが思いを繋ぎ止めるというのは相当難しいことです。
しかし、これは現代においてはテクノロジーで解決された問題で、スマホがあればもっと手軽に気軽にメッセージを送れるし、テレビ電話もできます。
主人公達がスマホのある現代に生まれたらこのような物語にはなっていないと思います。
と、
外野の人として他人の恋愛を観測してる人は思うわけですが、
恋愛の当事者としてはそうはいかないのが現実だよなと思います。
そもそも、テクノロジーが発達した現代に生きてる僕は、伝えたい思いを伝えたい相手にちゃんと伝えられてるのかどうかと聞かれたら、
全くそうではないと思います。
劇中で大人になった主人公もスマホのある現代に生きていましたが、
行き場のない自分の気持ちを誰にも伝える事ができないままで生きていました。
物語の終盤で、
主人公は自分が抱えた積年の思いを断ち切って次へ進む決断をしたように見えました。
それは、
"弱い自分を裸のまま誰かにさらけ出す"事ができたからなのかなと感じました。
僕も30歳になる前の数年までは主人公と似たような心持ちで生きていたのでとても共感できました。
しかし、昔見た時に比べてあまり暗い気持ちにはなりませんでした。
弱いまま大人になった主人公が生きる為に前に進んで"成長"して明るい未来へ進んでいく話に感じられました。
これは今回の劇場版に感じた印象であり、
1視聴者として僕も成長して大人なったが故に感じ方が変わったからなのかもしれません。
3.秒速5センチメートルというタイトル
最後にですがタイトルについて書きます。
昔はあまり意識しませんでしたが、秒速5センチメートルってタイトルすごくいいなって思いました。
桜の花びらが落ちる速度が秒速5センチメートルである。
劇中で登場人物も言っているか、真実かどうかはわかりません。
しかし、世の中には"真実かどうか"は重要ではなくて"誰と共有されたかどうか"が大事な情報があります。
秒速5センチメートルという言葉の中に、
桜吹雪のイメージがあり、桜が枝から散り地面に着地するまでの時間があり、寒さが残る初春という季節があり、それを観測している自分という視点がある。
実際に桜の花びらが秒速5センチメートルで落ちることが嘘だとしたら、それは本でもインターネットでも共有される事のない情報だ。
どうでもいい嘘だが、2人にとってはすごく大事な嘘だったりする。
正しさよりも誰と交わされた会話なのか、音なのか、時間なのか。
そういう事を思い出す言葉なんだなって思いました。

劇場版 近畿地方のある場所について 感想
蝉の声を聞くたびに〜
どーも、こんにちは。
ついについに、
「近畿地方のある場所について」
が劇場公開されました。

原作がホラー界隈で話題になっている本作ですが、
僕も友達に勧められてどハマりして一晩で読み終え、映画化の話が出てから今か今かと待ち遠しくしておりました。
しかも、
監督はあの 白石晃士監督。
日本における「モキュメンタリー」というジャンルの第一人者であり、現代日本ホラー映画界での実力は頂点に近い位置に存在であると僕は認識しています。
「ノロイ」や「貞子vs伽耶子」などなど代表作を挙げると枚挙にいとまがありません。

その中でも、
「コワスギ」シリーズは白石監督好きなら是非見てほしいです。
僕はこの白石監督と、黒沢清監督は、
日本のホラー映画界における二大巨塔であると思っています。
モキュメンタリーホラーの第一人者である白石監督と、昨今のモキュメンタリーブームの火付け役とも言える「近畿地方のある場所について」の組み合わせは期待せざるを得ない、いや期待しかない、面白くならないはずがないです。
実際見た感想を述べると、
素晴らしすぎて感動しました。
そしてこれは全てのホラーファンにとっての青春を詰め込んだ作品といえるのではないでしょうか。
※以下感想、ネタバレ注意
まず原作の「近畿地方のある場所について」がどのような作品かというと、
ある雑誌の記者がホラー特集を組むためにホラーネタを集めていたら、その数多のネタの中から「近畿地方のある場所」に繋がる共通点を見つけ、その繋がりの根源にある謎の正体を解き明かしていくという内容だ。
この小説の特徴として、
このホラーネタの情報源=ソースが毎回記されていて、ネタの出所がインターネットの書き込みであったり、古い文献の引用であったり、昔のテレビ番組の書き起こしであったりと様々だ。
この情報源の記載が物語にリアリティを持たせる大きな役割をしているように思える。
おそらくこれは僕のようなホラーファンにほど刺さる手法だと思える。
何故なら、僕のようなホラーファンというのは、
刺激を求める中毒者のように恐怖を追い求める存在であり、さらなる恐怖を追い求めるために、本やインターネット、映像、音楽など様々な媒体をむさぼるように探索する傾向があるからだ(僕の場合だが)。
僕は小学生時代の2000年代は図書館にある怖い話の本を貪るように読み、
インターネットを手に入れた2010年代はYouTube、ニコニコ動画で恐怖映像を探し、「洒落怖」で怖い話を貪るように読み、GEOやTSUTAYAでホラー映画を貪るように借りて…
というホラー、オカルトファンは様々な媒体から恐怖を摂取しているのだ。
小説版「近畿地方のある場所について」は、
更なる恐怖を追い求め、夏も冬もオカルトを探し続けた「ホラーマニア達の青春」を
"文字、文書"
という媒体で追体験させてくれた。これは原作者の背筋さんもまた1人のホラーマニアだったから生み出すことが出来たのだと思う。
そして、今回、
劇場版「近畿地方のある場所について」は、
"動画、映像、音"
という媒体でホラーマニアの青春を追体験させてくれる作品になっている。
以下に紹介する画像は、
実際に僕が映画を見て、
元ネタが走馬灯のように浮かんできたものだ。

謎のビニール紐

日本昔話の怖い回

ノロイのビデオ
友達とも遊びに行かず、
インターネットでホラーを追い求め、
恐怖に出会うたび眠れなくなり、
それでも恐怖を追い求めずにはいられないホラー中毒者達の青春がこの映画には詰まっている‼︎
また、8月、夏休みというこの時期に公開したということも凄い幸運だと思った。
僕が映画を見た劇場は夏休み真っ盛りの学生さん達がとても多かった。
学生時代に学校や、林間学校など各イベントで語られた"学校の怪談"と呼べる、あの時期に体験する恐怖イベントは、大人になってからは味わえない、子供にだけに与えられた権利だ。
だか、その学生さん達と劇場で一緒に鑑賞した際の空気感は、僕が学生時代当時に感じたあの感覚を思い出させてくれた。
僕たち世代が体験した平成のホラーを詰め込んだ本作を、令和の世代の学生さん達と見てると、
「どうだ、すっげー怖えだろ」
と先輩ぶって言いたい気分もした。自分が作ったわけではないけど笑
映画の最終的な展開は、
白石節が炸裂して最高でした。笑
これ「コワスギ」じゃねえか‼︎
オカルトの世界はやはり裏で繋がっているのですね。

エンディングで流れた椎名林檎さんも良かったですね。
夏といえば、
椎名林檎さんの無罪モラトリアムを毎日聴いてる僕にとっては、これもまた甘酸っぱい青春の気持ちになりました。

この作品を見た人たちがまたホラーマニアになって、日本のホラー界の未来が明るくなりますように。(ホラー的には暗い方がいいかも)
#映画
今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は-映画感想
はいはい、
今日から5月です。
今日は労働者の権利の日メーデーということで会社が休みになりました。やったー!
さてさて、今週はGWです。
人によっては既に大型連休に突入している方もいるでしょう。
何をするかは人それぞれですが、
ここで先週僕が見た映画を紹介したいと思います。
劇場公開中の映画を2本ほど見たのですが、
どちらも凄い衝撃作。見る価値ありまくりなので、ぜひ見てほしいです。
一つ目は、
「今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は」

2つ目は、
「どうすればよかったか?」
今回は、
今日の空が一番好きとは、まだ言えない僕は
の方の感想を書いていきたいと思います。
ネタバレも含むかもしれないのでご注意を。
まず、
何故この映画を見たいと思ったのかという所から書きます。
この映画の原作者はお笑いコンビジャルジャルの福徳秀介さんです。彼の小説デビュー作を実写化したのが本作になります。
吉本興業の読書好きが本を紹介するYouTubeのチャンネルで同じくお笑いコンビピースの又吉直樹さんと、福徳さんがゲストとしてトークしている動画があるのですが、その動画を見てこの映画に興味が沸きました。
その動画で福徳さんが語ってたのが「恋愛」というジャンルに対する情熱です。彼は恋愛というジャンルをこの上なく愛していて、恋愛しか書けないし、次回作以降も恋愛以外書く気はないと並々ならぬ恋愛というジャンルへの愛を語っています。笑
僕も恋愛というジャンルが大好きなので、この人の作品は期待できそうだなと思いました。いつも面白いコントを創作している彼の真面目な恋愛ストーリーってどんなんだろと気になりました。
そして、もう一つこの作品を見たいと思わせてくれた事を語ってきたので紹介します。
福徳さんは読書家でもあり普段から小説を読むそうなのですが、そこで紙の冊子にはない「電子書籍」独特の楽しみ方を語っていました。
電子書籍は電子タブレットなので読むので、紙の本独自の"厚み"を感じさせない。
その厚みにこそ愛着があるという読書家の方々も多いと思いますが、その厚みが消える事でストーリーの着地点が予測できなくなります。
電子書籍はページ数も消せるので、いつ物語が終わるのかわからない、ページをめくったら予想外のところでいきなり終わりがくる可能性というのが紙媒体にない電子書籍独自の楽しみと語っていました。
紙の読書派の僕ですが、
この話を聞いてなるほどと凄く感心しました。
僕自身、この紙媒体の小説は最後の"クライマックス"に近づくにつれて残りのページ数から最後の展開が絞られていくので、ラストの着地点の意外性が薄くなっていくという問題は感じていました。
残りのページ数は左手の感覚で測る"本の厚み"から感じとれて、読者はラストを意識せざるを得ない。
その問題を解決するのが"電子書籍"という比較的新しい読書の形というのが面白かったです。
という以上の福徳さんの話を聞いた上で、
福徳さんという人物に対する信頼と興味が湧いたので、彼の小説を原作とするこの映画は見る価値があると判断して、公開初日の仕事終わりに映画館に足を運びました。
お客さんは僕含め3人でしたので席は空いてました。
さてここから映画の感想になります。
簡単に一言言うと、もう一回見たいと言えるくらいに素晴らしかったです。
恋愛小説大好きでお笑いコントのキングでもある福徳さんが作った物語ははたしてどんなものだったのでしょう。
恋愛というジャンルについて、少し考えていきたいと思います。
異なる男女がいて、どちらか一方あるいはお互いが恋をして、どちらかが「好き」という思いを告白して、恋が成就するあるいはフラれる。
というのが一番簡単な流れというか、
人を好きになって上手くいくか上手くいかないかしかないといえます。
その流れの中で、
最も盛り上がる所は何処かというとやはり「好き」という思いを伝える告白のシーンではないでしょうか。
上手くいけば幸せなハッピーエンドですが、フラれる事でバッドエンドにもなり得るというギャンブル性が見る人を興奮させ、胸をキュンキュンさせる。
「Aさんがいました。Bさんがいました。AさんがBさんに好きと言いました。2人は付き合いました。」
という数行で終わる骨組みに時間や感情、その他の登場人物、越えなければいけない障壁などの様々な装飾を重ねて恋愛小説は物語の厚みを増していきます。
恋愛大好きな福徳先生が、
「好き」
という言葉を感情の高まりのピーク、クライマックスへ導くために、如何なる手法で物語に装飾を重ねて厚みを持たせていくのか、この映画の見所だとおもいます。
原作を読んでないのでこれから読むのですが、
この物語を見事に映像と音声に落とし込んだ大九明子監督もまた物凄い才能の方であると思います。
「好き」をクライマックスに持っていき、感動の高まりと一致させる為の"下準備"を坦々と進めていたのだなあと、映画を見終わったあとに理解します。
またこの物語、スピッツの「初恋クレイジー」という曲が重要な役割を果たしています。
どう説明していいか分からないですが、物語を修飾する"文学的"側面と映画を演出するための"音楽的"側面の2つの役割を果たしているように思えます。
あんまり語りすぎるとネタバレになるので映画を見てほしいのですが、
ラストシーンの"静寂"の使い方が最高に素晴らしいと感じました。これは"映像"と"音"の両面においてです。この"一瞬の静寂の余韻"というのは日本の伝統さへ感じました。この一瞬のためにこれまでの過程はあったのだなと感じさせる走馬灯とでもいうのでしょうか。
"古池や蛙飛び込む水の音"
的な静寂とでもいうのでしょうか。
これは僕の話になるのですが、
昔酔っ払って駅前の公園で座って休んでた時の事です。いきなり周囲がとても静かになりました。
公園にあった噴水が止まり、その噴水の流れる音が消えたのです。噴水が止まった時、初めて今まで噴水の音がずっと鳴っていたことに気づいたのです。
「この無音がいいんだよね。この無音が。」
と近くにいた別の酔っ払いのおっさんが言ってましたわ。笑

映画ファーストキス感想
はい、どうもお久しぶりです。

今回は最近見た映画「ファーストキス」の感想を書きたいと思います。
この映画は上映開始前からとても期待していました。
なぜなら脚本坂本裕二、主演松たか子のコンビだからです。この2人のコンビのドラマは間違いなく面白い‼︎
このコンビの作品を知ったのはカルテットというドラマです。このドラマ面白すぎてやばいですよ。

その後放送された、
大豆田とわ子と3人の元夫も面白すぎて、定期的に見返すくらい好きです。

松たか子さんの演技は自然すぎて、
天真爛漫で嫌味がなく僕は大ファンです。
松さんみたいな人と結婚したい‼︎と思うほどです。
そして、脚本の坂本裕二さんは言わずと知れた大ヒットメーカー。僕がこの人の名前を意識し出したのは、あなたの隣に誰かいるという作品を見てからです。

この作品も面白すぎるし、怖すぎるんですよね笑
坂本裕二さんの作品でよくあるテーマが、
「夫婦愛」です。
そして彼の作品の中で描かれる夫婦愛とは、
男女の愛情のテンションの高まりのピークを超えた後の愛の衰退期、倦怠期というような夫婦の愛が下降線になっていく様です。
坂本さんはこのような愛情のピークを超えた夫婦間に訪れる氷河期的期間を、
「誰にでも普遍的に訪れる自然の摂理」のように捉えているような感じがします。
そして、その誰にでも訪れる愛の氷河期を如何に避けて、如何に対処して、如何にハッピーエンドを迎えるために乗り越えていくかということを、作品の中で我々日本人に対して提示しているように感じます。
今現在生きている我々は「1回目」の人生を生きています。
そして、これに2回目はこない、最初で最後の人生です。
その事実に対して、現代人はあまりにも無頓着で鈍感な気がします。
大切な人が隣にいて共に生きている奇跡が、
"当たり前の日常"になってしまい、
大切な人への感謝を忘れて粗末に扱ってしまう。
その繰り返しが人々を取り返しのつかない所へ導き、もう過去には戻れないと気づいた時に後悔しても遅いのです。
坂本裕二さんは、
「まだ戻れるうちに戻れ」
「取り返しがつかなくなる前に対処しろ」
ということを、
映画という作品の中で最悪の展開の"if"を見せることで、作品を見た人に気づかせてくれようとしている。
そのような気がします。
大豆田とわ子と3人の元夫では、
3度の結婚と離婚を経験した主人公をコミカルに描いていましたが、
その結末も本当に好きな人とは結ばれないというという最後でした。
本音で語り合う努力、他人に自分を偽らず生きる努力、好きな人には好きという努力、好きな人をずっと好きでいる為の努力。
結婚という人生の一大イベントに挑むに際して、
ハッピーエンドへ向かうには我々にはやる事が多そうです。
以上、三十路独身男の感想。完
ヤンキーと地元 打越正行という男
はい、どーも。
去年の年末に正月休みは本を読もうと何冊か本を買いました。結局年末は手を付けず、年が明けてからそのうちの一冊にやっと手をつけました。
その一冊が打越正行著作の「ヤンキーと地元」である。

数ページほど読んでこの本はめちゃくちゃ面白いとわかり、できるだけ早く読むべきだと思ってたがその時は結局その数ページで終わった。そして先週の休日にまた読み始めて一昨日読み終わった。
内容を説明すると、
作者の打越正行さんの10数年に渡る沖縄での"ヤンキー"に関わる参与観察の記録"エスノグラフィー"だ。簡単に言えば、沖縄で暮らす底辺層の若者たちに"仲間"として加わり、実際の生活者の解像度の高い密接な距離でその土地で暮らす者たちを観察して、そこに存在するルールや慣習からその人々を分析するという内容だ。
面白いのがどのように打越さんが"ヤンキーの仲間"として加わるかなのだが、打越さんは"パシリ"としてこのヤンキーの群れの中に入り込み、そこから仲間として認識され、より深部にまで迫った沖縄の人々の実態に触れていくところだ。
僕は沖縄の出身なのだが、この本を読んでいて笑いが止まらない、そして作者の打越正行という男へ畏敬の念が生まれると同時に猛烈に惹かれていった。
沖縄では県外の人を"ないちゃー"と呼ぶが、この本では普通のないちゃーでは入り込めない領域、生活している僕にとってはありのままで普通の日常の事なのだけど、今まで沖縄の外部からは見えない部分まで描かれていた。
彼はゴリラの研究で有名な京都大学の山極先生くらいすごいかもしれない。ヤンキーの中に溶け込んで生活するのはゴリラの群れに溶け込むようなもんだと思う。それを10年以上続けて一冊の本に残してくれた。僕は沖縄県民としてありがとうと言いたい。彼が残してくれたこの沖縄のリアルを描いた一冊は、今までの観光の島としてパッケージ化された楽園的な沖縄のイメージを変え、より解像度の高い視点で沖縄という地域の特殊性、貧しさ、そして"面白さ"が詰まっている。
そう、沖縄って面白いんだよね。
土地も人も。
2025年1月27日にこの本を読み終わって、翌日の1月28日は感動と余韻で仕事中に打越さんの事を調べました。
すると悲しい事に打越正行さんは2024年12月9日に病気でお亡くなりになられていました。
めちゃくちゃショックでした。そして本を読み終わったちょうどその日、打越さんと親睦の深い仲間たちが集まって開催するイベント「打越正行を追悼しない」が開催されるとの事でした。
オンラインでの配信があったので僕はツイキャスのチケットを購入して参加しました。

仲間たちによる、打越さんの生前の笑い話はとても笑えました。そして、悲しくならないように笑いながら涙を堪えているように見える仲間たちを見ていると、打越さんに会った事のない僕までとても悲しい気持ちになりました。本の内容からも伝わりましたが、やはりすごく周りから愛されていた人なんだと感じました。
横道世之介って映画があります。

主人公の横道世之介は人を助ける為に亡くなるんですが、生前彼と関わった人達が彼を思い出して"変なやつ"だったよなーと懐かしむという内容なんですが、打越さんはリアルでそんな人だと思いました。
彼の生き様は皆の記憶に残り、
そして記録にも残った。
いつか彼を知る人とお話ができたらと思います。

進撃の巨人劇場版 ラストアタック 感想
おっす、おつかれ!
はい、ということで見てきましたよ。
劇場版進撃の巨人。

数年前完結した今世紀最高の漫画、進撃の巨人の最終章を劇場尺でまとめあげた素晴らしい作品でした。
これは泣いてしまうのは確実だったので、僕は映画館の1番後ろの席をとりました。劇場もお客さん結構入ってて、1人できた僕はちょい気まずいが、好きなものは誰かに水をさされるのもいやなので気になりませんでした。
案の定、映画が始まったら終演まで、泣けるシーンが多すぎて涙ぼたぼたでしたよ。
後ろの席座って良かったー‼︎
最終巻の感想は以前ブログでも書いたので、
シナリオとかストーリーについての感想は割愛しますが、今回感じたのは劇場で見れて本当に良かったということです。
立体起動によるアクションの演出や巨人たちの迫力ある戦いはやはりデカい画面とデカい音で鑑賞した方が見応えも何十倍も増すということを再実感しました。
そしてもう一つ良かったなと思った点が、
伝説の作品にリアルタイムで当事者として参画しているような一体感、没入感というものを感じられたということです。
僕の前の世代の伝説の作品といえば、
新世紀エヴァンゲリオンがあります。
僕はエヴァンゲリオンも大好きでたまに全話見返したりもするのですが、一つ残念なのがリアルタイムで作品に参加できなかったということです。
エヴァンゲリオンも伝説的な劇場版作品を残しており、これはTVアニメの最終話に続く、本当の最終話だったはずです。

内容は色々難しいのですが、
この映画では実写シーンが存在していて、映画館で映画を鑑賞している客席を写すシーンがあります。

このシーンを初めて見た時僕は、
この演出を映画館で実際に体験できなかったことが悔しいなと思いました。
物語を見ていた側の人間が画面に映された時、反対に自分たちが見られる側になり物語の一部になる、という感じを小さいテレビ画面で見ていた僕も感じたので劇場にいた人達の衝撃はもっと凄かったと思います。
それで今回見た進撃の巨人ファイナルですが、
エンディングのスタッフロールが終わった後のこのシーンです。
エレン、ミカサ、アルミンの生まれ変わり?のような3人組が劇場で映画を見終わったシーンとなります。

このシーンで僕は完全に進撃の物語と僕達の生きる世界が繋がったと感じ、とても感度しました。
本当に見に行って良かったよ。
ああ、思い出しただけでまた泣きそう。

2024年8月、そうだブログを書こう
おっす、お久しぶり!
過去のブログを読み返したら、
過去の俺って結構ちゃんと面白い事書いてるな〜と関心してました。
去年の9月で前の仕事を辞めて、
今年の1月から新しい仕事についたんですが、
その仕事も先月辞め現在絶賛無職中です笑
実家で就活中ですが、実家にいたら働く気がしないのでこのままニートになりそうです…
いやいや、いかんいかん。
ちゃんと仕事探さねば。
ということで就活しつつ、
またブログを再開していきたいと思います。
今回はスマホの画像フォルダに入ってた画像から、いくつか選んでその内容のトピックを書いていきたいと思います。
トピック1、
ブランキージェットシティサブスク解禁したってよ。

ブランキージェットシティとは、日本の伝説的3ピースロックバンド!
昔からかっこよくて大好きなバンドですが、今までサブスクで配信してなかったんです。
それが遂にサブスクを解禁してくれた!神!
ボーカルのベンジーこと浅井健一に憧れて、僕は中学時代髪を伸ばしてモジャモジャ頭を目指してました。(今思えばただのだらしなくて中学生だったが)
おすすめ曲は
1.僕の心を取り戻すために
2.D.I.Jのピストル
3.赤いタンバリン
あたりをあげておこう。
聴いたことない人は是非聴いてもらいたい!
トピック2.近畿地方のある地域について
僕は怪談が好きなんだが、
「近畿地方のある地域について」
はここ最近ではダントツに怖かった!
というか今まで見てきた、ホラー怪奇ミステリーというジャンル、コンテンツを全てごった煮にしてミックスして、いいとこドリップして一つの作品にまとめあげたという所感だ。
2ちゃんねるの洒落怖や、超能力捜査で行方不明者をリアルタイムで創作していたテレビの力、ホラーモキュメンタリーのノロイやブレアウィッチプロジェクト、小学校の図書館にあった学校の怪談シリーズ(ハニワのハニ太郎のイラストのやつ)、などなどオカルトホラーマニアなら一度は見たことあるようなコンテンツをオマージュしたどこか懐かしさを感じるような作品だ。
その作者の新作が来月出るらしいので要チェックや!
トピック3.
ベランダで今年も蝉が死んでいた。
可哀想な蝉さん、今年もお疲れ様。
蝉は英語でcicadaって書いてシカダまたはシケイダって言うんだけど、むかし公園で外人さんが、
「シケイダ」
って言ってた時は、
「死刑だ」
って聴こてちょっとびっくりしたよね、って話。
トピック4.
ルックバック良かった。
友達と2人で見に行ったんだけど、めっちゃ良かった。
1人だとルックバックは「過去を振り返る」って意味になるんだけど、2人だと「背中を見る」って意味になる。
それぞれの人物の視点によって、捉え方が変わるダブルミーニング、痺れるぜ〜。
俺もこんな脚本書きてえな。
ってことで今日はおやすみ。